ある日、テレビに映った紫の花が忘れられない。
名前は「トリカブト」。
青みがかった紫の花びらは、まるで兜のように少しそり返っていて、
どこかかわいくて、どこか凛としていた。

——あの頃の記憶が、ぶわっと戻ってきた。
1991年、私は高校生で、
放課後は制服のまま、母と並んでお茶を飲みながらワイドショーをよく見ていた。
そのとき連日取り上げられていたのが、「トリカブト保険金殺人事件」。
「被害者は突然急死」「園芸店でトリカブト70鉢購入」などの衝撃的な情報が、
毎日毎日、テレビから流れてきて、
あの花は“美しくて恐ろしい存在”として、私の中に深く残った。
事件の名前は「トリカブト保険金殺人事件」。
加害者として名が挙がったのは、神谷力という男だった。
1986年、最初の妻が突然亡くなり、医師は当初「心筋梗塞」と診断した。
でも、死に疑問を感じた法医学者・大野曜吉氏が、血液と心臓を保存していた。
のちにそこから検出されたのは、猛毒の「アコニチン」と「テトロドトキシン」。
——そう、トリカブトとフグ毒。
神谷は、園芸店でトリカブトを約70鉢購入し、
アパートの一室で栽培、実験設備を整え、毒を抽出していたという。
畳や流しからも毒が検出されたと報じられていた。

さらに、後に交際わずか6日で結婚した女性に多額の保険をかけ、
毒入りカプセルを服用させて殺害したとされている。
テレビには、 保険金の額、交際の経緯、園芸店のレシート、家宅捜索の映像…… そして、繰り返される「なぜ?」の問い。
TBSの「モーニングEye」では、 「会って6日でプロポーズ」「1億8,500万円の保険金」など、
まるでドラマのような見出しが毎日流れていた。
茶の間で、お茶を飲みながら、母と無言で見つめる時間。
高校生の私は、ただ呆然と「こんなことって、本当にあるんだ」と思っていた。
つい最近、神奈川県立・生命の星・地球博物館で
ふと、そのトリカブトの花を目にした。
あのときテレビで見た花と、同じ。
青紫の、かわいくて、小さな兜。
でもその葉が、ふと、私の記憶を揺らした。
——あれ?ヨモギに似てる?

確かにちょっと丈が低くて、切れ込みの感じも違うんだけど、 もし草むらでよもぎに混ざっていたら、気づかず摘んでしまうかもしれない。
私は今、ヨモギを自分で摘んで、お茶にして飲んでいる。 「自然の力で、自分をととのえる」そんな暮らし方が好きだから。
でも、トリカブトのことを思い出したとたん、 背筋がスッと冷たくなった。
あんなにも小さくて、静かで、きれいな植物に、 人の命を奪うほどの毒があるなんて。
だからこそ、花の姿だけで、薬草だ毒草だと判断するのはとても危うい。
どんなに知識があっても、どんなに見慣れていても、 「ちょっと似てる」ものには、近づかない勇気も必要だと思う。
ヨモギとトリカブトは、似ているようで、まったく違う。
だけど、それを知らなければ、間違えてしまうかもしれない。
それは花の話であり、そして、もしかしたら人間の話でもあるのかもしれない。。。
🔗 関連記事:
[ヨモギとトリカブト、似てる?──葉っぱで見分ける毒草の話]
📚 資料・参考:
- Wikipedia「トリカブト保険金殺人事件」
- TBS News DIG『事件の深層』前編・後編
- 日本テレビ『ザ!世界仰天ニュース』再現ドラマ
- 法医学者 大野曜吉による毒物検出
- モーニングEye当時の放送記録
※ 免責事項
本記事は、筆者の体験および一般に公開されている資料・報道・文献等をもとに執筆しています。事件に関する記述は、事実関係や報道内容に基づき、当時の社会的背景や記憶を振り返る意図で構成したものです。特定の人物や関係者を誹謗・中傷する目的は一切ございません。
また、記事中で紹介している植物(トリカブト・ヨモギなど)に関する情報は、あくまで一般的な知識と体験に基づくものであり、学術的・医療的な助言を目的としたものではありません。野草の採取・利用には地域や環境による差異があり、誤認によるリスクを伴います。特に毒性のある植物に関しては、信頼できる図鑑や専門家の確認を推奨いたします。
ご自身での判断に不安がある場合は、決して無理をせず、市販の安全な製品の活用をご検討ください。
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ゑびす亭 編集室は、「やさしさと知恵で暮らしを整える」をテーマに、体験と実感をもとにした情報をお届けしています。
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